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人に心を開くとは

人に心を開くってどういうことだろう。

わたしは昔は分からなかったし、今も出来てないけど、これじゃないかな〜っていう定義みたいなものは自分の中にある。




心を開くとはネガティヴを開示することではない!

よく勘違いするのが、やたらと自分の暗い部分をひけらかしたりトラウマを打ち明けたりすることが心を開くってことだと思い込んでるケース!

これ、わたしも勘違いしてたんだけど全然違うよね。そりゃある程度信頼関係を築いた後ならいいけど、出会ったばっかとか知り合って浅い時にいきなり

「こんな傷ついた私をあなたなら受け入れてくれるでしょ!」

と言わんばかりにネガティヴなことを開示されても困っちゃうでしょ。

自分のことは自分でしか救えない。

これは大前提。

そして

心を開くとは人に縋ることでもわがままになることでもない。

心を開くとは

そう、ありのまま。

いや、なーんの努力もしないで「これが僕です!」「ダメな僕を受け入れて!」と、みっともない姿で受け入れてもらおうとすることでもないからね!

「僕はこれを見てこう思ったんだ!」

「私はこんな体験をしてこう思ったの」

見たものを見たまんま、それを聞いて相手がどう思うかなんて考えないで素直にありのまままっすぐ相手に伝えられること。だって相手が自分のことを受け入れてくれるって信じて疑いもしてないから。

これね、簡単そうで結構難しい。

自分の思ったままを相手に伝えることがどれだけ難しいことか。

ネガティヴな過去を開示することより余程勇気がいる。

自分の好きな所も認め好きじゃない所も認める。だから相手に素直な気持ちを伝えられる。自分のダメなとこも受け入れているから、相手のこともまるごと受け入れられる器ができる。

心を開くって、

「自分はこういう人間で、でもそういう自分が好きなんだ。あなたがどういう人間なのか知りたいし、自分がどういう人間なのか知ってほしい。」

という心の取引みたいなものじゃあないのかな。

そしてね、これはわたしの個人的意見なんだけど、「心を開く相手」ってのは選んだほうがいい。

いつもは心に鍵をかけておいて本当に知りたいと信頼出来ると感じられる相手に出会ったとき初めて鍵を渡しちゃえばいい。

寂しい考え方だと思われるかもしれないけれど、誰にも彼にも心は開いちゃいけない。

もし鍵をかけておかないと

沢山の人が良いものも悪いものも一緒にごった煮で入りこんできて

心を土足で踏み荒らされちゃったら自分の本当に望んでいたことだとか本当に大切にしたかったものだとかが

分からなくなっちゃうでしょ。

だから鍵を渡す時はちゃんと自分のことを尊重してくれる人を選ぶんだよ!

以上!








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