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片思いの相手を聖なる存在として諦める

元・集英社『プレイボーイ』などの編集者を務められていた

島地勝彦先生の人生相談コーナーが面白い。

お酒が好きで人生経験豊富な彼の話はタメになることも多く、好きでよく読んでいる。

その中で印象的な相談内容がある。

「片思いの女性を女神だと思って諦めなさい」

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/071000004/111200019/?ST=smart

相談者は男子大学生。

片思いの女性のことが好きでたまらない。

思いつめすぎて勢いあまって告白したが玉砕。ショックで寝込んで2年もの月日失恋のショックを引きずっていた。

彼女に愛されることだけが望みなのに、自分はこれからどうやって生きて行けばいいのだろうか。

という内容。

相手のことをロクに知りもしないのに恋い焦がれて勝手に失恋して寝込んで大学行けなくなって

バカなのか!?と思われるかもしれないが

全く同じことをしていたわたしは彼のことを馬鹿にできないのである( ̄▽ ̄;)

わたしもまたこの相談者と同じ歳の頃、夢中になっていた異性がいたのである。

もう気が狂いそうなくらいにね!( ^∀^)にゃはは

THE 青春☆

あの、根拠もないのに「死ぬほど好きなんだ」「このまま一生好きなんだ」という胸のうちから湧いてくる情熱は一体何なんだろうね。

いや根本的にバカなんだと思うわ。バカで純粋。そして世間知らず。思い込みが激しすぎる。

そして激しくブーメラン( ̄▽ ̄;)

結局どう頑張っても

どう試行錯誤しても

わたしもその人とは仲良くなれなかった。

いや、そもそも

「嫌われたらどうしよう」

「頭悪いと思われたらどうしよう」

「そもそも最初から心の中でうっとうしいと思われてるかも」

とわたしの方がびびってあまり接触しなかったのが悪かったんだよ😅考えりゃすぐにわかる。

その頃はいっぱい話をして関係を深めるよりも、嫌われないことばかり意識してヘマしないよう、失敗しないようビクビク過ごしてたら

いつのまにかわたしは相手にとってどうでもいい存在になってしまっていたようである。

今やり直せるならあの頃より上手くやれそうな気もするけれど…

でも、よく考えたら皮肉屋で世を斜めに構えてるモラハラ男一歩手前の人だったし( ̄▽ ̄;)

ものすっっっごい気難しい人だったし、短気で神経質で傷ついた子猫のような人だった。

わたしの手には負えない人だったと思う。

今となっては神様に「そいつはやめとけ」と道を阻まれていたように思う。

あれだけ素敵な人はいないのだと思い込んでいたのに、今はここまで冷静に相手のことを見ることができる。

人の気持ちとはあっけなく移ろいやすいものである。それでも四年余りの月日を同じ気持ちを抱いて過ごしていたのだけれど。

「縁」って何なんだろうな。

「この人だ!」と思い込んでも運命の流れに阻まれて近づけなくて

それでも

まるで大きな川の流れをスコップで流れをせっせと変えようとするかのごとく反発するけれど

結局縁がなけりゃそのまんま流される。

でもこんなに沢山の人間がいる中で

出会えただけで「縁」があったという事なんだろな。

まぁ今後はあそこまで気がおかしくなるような、狂ってしまうような激しい気持ちを抱くことは金輪際もう無いと思うが

あの経験がきっかけで恋愛や人間心理、行動哲学など深く勉強することが出来た。

あんなにマイペースだった自分が多少なりとも相手の気持ちを考えることも学べた(-∀- )

思うに好ましいとかコイツは嫌いだとか心を動かされる相手ってのは、なんらかの意味があると思うのよね🤔

どうでも良かったら何も思わないもん。

この人生相談を渦中の中初めて見たとき

「『人生に不可能なことはたくさんある』って…

なんでこんなに好きなのに諦めないといけないんだ!!」

と反感を持ったものだが、

今はどこか懐かしく微笑ましい気持ちを抱くようになったのも、わたしがあの頃より大人になった証拠であろう。

わたしもまた相談者と同じように相手を聖なる存在として、やっと思い出に昇華出来たようである。







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