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死を知覚した。

「道を選ぶということは、かならずしも歩きやすい安全な道を選ぶってことじゃないんだぞ」

ドラえもん (42) (てんとう虫コミックス)〜右か左か人生コースより〜

今まで感じた事のなかったあまりの頭痛に「あ、これ死ぬわ」と直感した。

母親に電話で「死ぬかもしれないから先に言っておく。迷惑ばっかりかけたけど今までありがとう」とガラにもないことを伝えた後にその時を待った。

激しい頭痛の最中、今までの出来事が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。

ここで終わるのか。

なにもかも中途半端な人生だったな。

勉強も、恋愛も。

学生生活も就職活動も…。

こんなことなら彼に気持ちを伝えておけば良かった。

カッコ悪くても恥かいても本心に従って生きれば良かった。

死んだら何も残らないな、わたし。

当たり前か。今まで、何も成し遂げて来なかったもの。

二十数年も生きてきて、何にも得られなかったな。

それなりに頑張って来たつもりだったけれど人の役に立つこと何にも生み出せなかった。

あまりに怠惰な人生を送るわたしに、神さまが天罰を下した。

突然、人生の終止符を打つことになってしまった。

ああ、終わりだ終わり。

もう、なにもかも終わるのだな。

こうやって悔いを残したまま死んでまた輪廻転生を繰り返すのか。

あと何百回生きればわたしは全力で自分の人生を送ることが出来るのか。

後悔。まさに患者がナースに伝えた、「死に際の後悔」。

どうして…

こんなはずじゃ…

みんなに望まれる人生を送ってきたつもりなのに…

ちょっと待って。

「みんな」って誰?

その「みんな」はわたしがこんな大変なとき何にもしてくれないじゃないか。

そういったことをゆんゆんと考えてるうちに…

なんか知らんがこの記事書いてる途中に頭痛治ったわ。

どうやらわたしはまだ生きていて良いらしい。「生き直して良い」らしい。

でも、あの時ははっきりと「死」を感じたことに間違いはない。

当たり前のことだけど、死んだらなにもかも終わりなんだなって気づいた。

生きてる間、悩むことなんてほんのちっぽけなことに過ぎない。

頭痛に悩まされず、毎日健康で生きてさえいれば幸せだという当たり前のことに気がついた。

社会的地位とか世間の目とか人の評価ばかり気にしてたけど

そんなもの、最期には何にも関係ないんだな。

勝手にわたしに評価を下して来た人はわたしの人生に何の責任も取ってくれないのだな。

そもそも世間の目とか人の評価なんてものは自分の中の妄想の産物に過ぎないし。

そして、人生は一度きりしかない。当たり前のことだけど、本当の意味でわたしは分かっていなかったのかもしれない。

んで、何か踏ん切りがついた。








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