2018年02月一覧

金曜日はドラえもんの日。ついでにドラえもん第1巻の感想&見所を紹介。

 

大事なことはみんなドラえもんから教わった

 

なぜ急に体調が悪くなったのでしょうか。

 

熱もないしインフルでもなさそうだし

やっぱ真冬に半袖でハーゲンダッツ食べていたからでしょうか。

 

 

そういえば

 

ドラえもん読んでたのが原因じゃないか?

 

ここ最近、睡眠時間削りながらドラえもんを1巻からもくもくと読んでのですよ。

 

やべえほんと久々に見たらマジで面白いっす。

 

ドラえもん読破によってここまで体力消耗されてるとは思いませんでした。相変わらずわたしは程々と言うもんを知らない人間なのであります。

 

わたしは昔からドラえもんが大好きで、

ホーリーバイブルであるし、この人のことちょっといいなと思い始めたのも彼がドラえもん好きだったことがきっかけです。

 

 

ドラえもんを読んで改めて感じることは、作品としてメチャメチャクオリティが高いことですね。

今まで色んな漫画を見てきたけれども、ドラえもんのテンポの良さと演出技法の巧さはなかなか他の作品ではお目にかかれません。

 

原作版のドラえもんは超毒舌な所もまた魅力であります。

 

ドラえもん第1巻  勝手に感想

さて、ドラえもん読破したことだし、気が向いたので記念すべき第1巻の感想&見所でも書いていきたいと思いますよっと。


ドラえもん (1) (てんとう虫コミックス)

 

東京→大阪=のび太→セワシの謎

 

記念すべきドラえもん第1話。「未来の国からはるばると

 

有名なシーンから。

ジャイ子と結婚するはずだったのび太が、しずちゃんと結婚してもセワシが生まれてくる理由を説明する場面。

 

いや、そのりくつはおかしい。

 

これ、未だに理論がよく分からないのですが。

なんでセワシが生まれてくる軌道と大阪に行くルートが同じ事になってんですかねえ…。

 

しずちゃんと結婚するならそりゃパラレルワールドになってしまうでしょう。

のび太の子供とジャイ子の子供を結婚させて辻褄合わせるとか?

そうするとジャイ子と結婚して生まれるはずだった子供たちはどこに行くのですかねえ。

ドラえもん最大級の謎です。

 

のび太のママ甘すぎィ!

同じくドラえもん第1話。「未来の国からはるばると」から。

ガミガミお説教するので有名なのび太のママンがメチャ甘いです!一人息子だからってのもあるけど初期ののび太の両親は相当過保護です。

挙げ句の果てにわかに信じがたい虚言を云うのび太に対し「想像力豊かで将来は漫画家になれるかもしれないぞ!」とまでのたまう親バカっぷり。

ぶっちゃけドラえもんの存在より両親が厳しくなったのが、のび太という人間をマシにした大きな理由なんじゃないのかなあ。

 

スネ夫のキャラのたちっぷり

お次は「㊙︎スパイ大作戦」から。

 

単行本初登場時のスネ夫。初っ端からこのぶっ飛ばしようです。

鏡に映った自分の姿を見てうっとりするシーン。

やっぱ嫌いになれないタイプだわスネ夫。

ここまで自分に自信が持てたら人生楽しそうです。

 

初期のスネ夫はジャイアンの腰巾着というよりジャイアンをも良いように操作しているところが特徴ですね。

昔は嫌な奴だと思ってたけど、今ではその世渡りの上手さと頭の良さに感心します。羨ましい。

 

ドラえもんって柔らかいの?

ドラえもんの材質について疑問に思ったことは無いでしょうか。

 

↓これ明らかに中の機械もやられてるだろ

ふつうに考えるとドラえもんは機械だから硬いはずでありますがこのシーンを見て見るとどうやら違うらしいです。

次のシーンではドラえもんの形が元に戻っていることからゴムのような素材で出来ているのだろうかと小さい頃は思っていました。

 

それにしてもこれ、「ごめんね」では済まされない事態です。

 

ドラえもんが熱血

中期ドラえもんはドライ、後期ドラえもんは優しく保護者的な性格ですが、

初期のドラえもんはやたらと熱血漢です。

ジャイアンやスネ夫にいじめられたと聞けば飛んで行って復讐するくらいの血の気の多さなので、

アニメ版の穏やかなドラえもんに慣れてる人が初期のドラえもんを見たら違和感を感じるでしょう。

 

ちなみに中期ドラえもん以降は

のび太がいじめられたと聞いても大抵「あっそう」と突き放しています。(倦怠期?

 

ドラえもん第1巻おすすめエピソード

意外に有名なエピソードも多々入っている一巻の中でもおすすめエピソードをご紹介。

 

かげがり

夏らしいホラー風味な話。

ドラえもんの出した道具は、本体と影を切り離します。

自分の影を切り離した後は、影に分身のように命令することができますが、30分たつと影に自我が生まれ2時間たつと本物と影が完全に入れ替わるという危険すぎるひみつ道具。

何故こんなハイリスクな道具を出す?

 

一生に一度は百点を

かの有名なコンピュータペンシルのエピソード。この道具を使うとどんなに難しい作業もスラスラ終わらせる事ができます。

のび太はこのコンピュータペンシルでテストに挑もうとしましたが、直前で良心が痛み普通のエンピツを使いました。

 

ジャイアン語録「ほしいものは手に入れるのがおれのやりかたさ」が見れるのもこのエピソード!

 

雪でアッチッチ

 

これ超好きなエピソードなんだよね。

寒いのが苦手なのび太に「あべこべクリーム」を渡すドラえもん。このクリームを塗ると暑いものは寒く、寒いものは暑く感じるようになります。

 

粉雪にちょっと触れただけで

アッチャッチャッチャ!!!

と暴れ回るシーンは爆笑もんです。

 

 

映画公開も近いのでみなさんも是非この機会に原作ドラえもん読まれてはいかがでしょうか!

 

オモシロイよ!(^。^)

 

他のドラえもん関連の記事はこちら!

http://kimian5.com/post-1556/

http://kimian5.com/post-2279/

 

 


死を知覚した。

 

「道を選ぶということは、かならずしも歩きやすい安全な道を選ぶってことじゃないんだぞ」

 

ドラえもん (42) (てんとう虫コミックス)〜右か左か人生コースより〜

 

 

 

今まで感じた事のなかったあまりの頭痛に「あ、これ死ぬわ」と直感した。

 

母親に電話で「死ぬかもしれないから先に言っておく。迷惑ばっかりかけたけど今までありがとう」とガラにもないことを伝えた後にその時を待った。

 

激しい頭痛の最中、今までの出来事が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。

 

ここで終わるのか。

なにもかも中途半端な人生だったな。

 

勉強も、恋愛も。

学生生活も就職活動も…。

こんなことなら彼に気持ちを伝えておけば良かった。

カッコ悪くても恥かいても本心に従って生きれば良かった。

 

死んだら何も残らないな、わたし。

当たり前か。今まで、何も成し遂げて来なかったもの。

二十数年も生きてきて、何にも得られなかったな。

それなりに頑張って来たつもりだったけれど人の役に立つこと何にも生み出せなかった。

 

 

あまりに怠惰な人生を送るわたしに、神さまが天罰を下した。

 

突然、人生の終止符を打つことになってしまった。

 

 

ああ、終わりだ終わり。

もう、なにもかも終わるのだな。

 

こうやって悔いを残したまま死んでまた輪廻転生を繰り返すのか。

 

あと何百回生きればわたしは全力で自分の人生を送ることが出来るのか。

 

後悔。まさに患者がナースに伝えた、「死に際の後悔」。

 

どうして…

こんなはずじゃ…

みんなに望まれる人生を送ってきたつもりなのに…

 

ちょっと待って。

「みんな」って誰?

その「みんな」はわたしがこんな大変なとき何にもしてくれないじゃないか。

 

 

そういったことをゆんゆんと考えてるうちに…

 

 

なんか知らんがこの記事書いてる途中に頭痛治ったわ。

 

 

どうやらわたしはまだ生きていて良いらしい。「生き直して良い」らしい。

 

 

でも、あの時ははっきりと「死」を感じたことに間違いはない。

当たり前のことだけど、死んだらなにもかも終わりなんだなって気づいた。

生きてる間、悩むことなんてほんのちっぽけなことに過ぎない。

 

頭痛に悩まされず、毎日健康で生きてさえいれば幸せだという当たり前のことに気がついた。

 

社会的地位とか世間の目とか人の評価ばかり気にしてたけど

そんなもの、最期には何にも関係ないんだな。

勝手にわたしに評価を下して来た人はわたしの人生に何の責任も取ってくれないのだな。

そもそも世間の目とか人の評価なんてものは自分の中の妄想の産物に過ぎないし。

 

そして、人生は一度きりしかない。当たり前のことだけど、本当の意味でわたしは分かっていなかったのかもしれない。

 

 

んで、何か踏ん切りがついた。

 



和洋折衷。曲げわっぱでサンドイッチ弁当♪

 

和洋折衷。曲げわっぱで

 

サンドイッチ弁当!!

 

 

サンドイッチが固くなるといけないからラップで包んで持って行きました。

 

具はゆで卵をマヨネーズで和えた卵サラダとひき肉をカレー粉と味噌で炒めたカレー味噌そぼろです。

 

なんでカレーと味噌だよと思われるやもしれませんが、

カレーと味噌は意外に合うんですよねえ。百聞は一見にしかず。試してみるのもアリですよ。

 

サンドイッチの具は濃い目に作るのがおススメ!

最近体調がすこぶる悪い

最近体調がメチャメチャ悪いっす。

今日は頭痛がヤバい。頭が割れそうに痛い。死ぬかも。これが最期の記事になるかも。

 

一度救急車を呼ぼうとしたが、地方だしよく分からん遠くの病院に連れて行かれたら帰り道どうすんだ問題が付いて回って来たのでやめた。

もしクモ膜下出血とかだったらこのブログもわたしの人生もろともジ・エンドだな。

皆さん短い間でしたがご愛読いただきありがとうございました。

 

あれ、このパターン典型的死ぬ人じゃね。まさかのここで終わるのわたしの人生?リタイアしちゃうの?

マジで?急すぎるだろ。昨日まであんなに元気だったのに。

 

いや、いっそこのまま死んでも悲しむ人もいないしどうでもいいかな?なんてふと思うが、出来ればもっと幸せで納得の行く人生を送ってから死にたい。

色々かんがえたが、それは譲れない。

 

やべえ、今わたし「生きてる間、自分をもっと幸せにしてあげればよかった」って思っちゃってるよ。

完全に死亡フラグ踏みまくってるよ。

 

思えばこれまで自分に嘘をつきまくってた人生だったなあ…

 

 

わたしは雰囲気と文章じゃ「賢そう」ってよく言われるんだけど実態は全然そうじゃない。

 

本当は頭なんて良くない。

 

真面目な話なんかより人を笑わせるのが好きだった。

 

もっと踏み外しながら行きたかった。

 

もっと沢山友達が欲しかった。

 

一匹狼気取らずカッコなんか付けず皆に親しみを持たれ、楽しませることのできる人間になりたかった。

 

「まひるちゃんといると場が明るくなる」って言われるような…

 

別に人から好かれなくてもいい。自分が好きな自分であれる人生を送りたかった。

 

 

こんな形で終わるなら、もっともっと自分に正直に生きていたかったな…。

 

来世はきっと……。

 

もし今世をまだ生きられるなら今度こそ自分の納得する人生歩みたいな…。

 

俺、この病気が治ったら本気で新しい人生に踏み出すんだ…。

 


愛することはこの世で最も幸福なこと。ヘルマン・ヘッセのアウグストゥス

 

今となっては懐かしい押尾学。

 

『押尾学氏が一般女性と再婚し男児のパパに 「芸能界への復帰も絶対ない」と語る』

https://www.google.co.jp/amp/s/news.nifty.com/amp/entame/showbizd/12184-37129/

 

相変わらずお騒がせな人であるが、

この押尾学のインタビュー見てなぜかヘルマン・ヘッセアウグストゥスという話を思い出した。

 

 

「アウグストゥス」あらすじ

アウグストゥスの童話はご存知だろうか。結構マイナーな小話なんだけど、わたしが好きな話である。

 

 

ある母親が生まれてくる子供が幸せな人生を送れるよう、何でもお願いを叶えてくれる老人のところへ行って

「この子が誰からも愛される子になるようにしてください」

と頼んだ。

 

その子供はアウグストゥスと名付けられ母親の願い通り、皆に愛されながら成長して行った。

 

青年になったアウグストゥスは凛々しい美男子に成長した。

女たちはアウグストゥスの愛を勝ち取るため
色目を使い貢物をし、男たちは彼が望むままに酒や金を与えた。

一見幸福な生活だったが、彼はその生活に退屈するようになった。

 

 

沢山の美しい女性と恋に落ち、次々に恋人を変えて行くうちに心も荒んでいく。

次第に素行もエスカレートし人を貶めたり女を誑かして金を巻き上げることが生き甲斐となって行った。

 

しかし、どんなことをしても嫌われることのない状況にアウグストゥスは気味悪さを感じるようになった。

そして疲れ果て服毒自殺を図る。

 

そのとき、老人が止めに入った。

 

「おまえの母親はおまえを『誰からも愛される人間になるように』という願いをかけたのだ。しかし、その願いは間違いだったらしい。一度だけ願いを変えるチャンスを与える。」

 

アウグストゥスは

「ぼくが『誰をも愛することのできる人間』にしてください!」と願った。

 

老人は願いを聞き入れ去っていった。

 

 

その日からアウグストゥスをチヤホヤしていた人間たちはみんな手のひらを返したように冷たくなり、アウグストゥスはそれまでの悪業を裁かれ牢獄に入れられた。

 

何十年か経ち、刑務所から出たアウグストゥスは行くあてもなく路上を彷徨っていた。

 

孤独な生活を送っていたが、アウグストゥスの目には輝きがあった。今まで目にも止まらなかったものが見えるようになったのだ。

公園を駆け回る子供たちをかわいいと思ったり、一生懸命働く人を見て応援したいと思うようになったり…。

 

愛する心を持ったアウグストゥスが見た世界は以前とは一変していた。

それから彼は積極的に人の手助けをし人のためになるような行動をするようになった。

 

晩年のアウグストゥスは沢山の人に愛され見届けられながら息を引き取った。

 

派手な暮らしでは見出せなかった小さな幸せ。それこそが本当に大切なものだった。

 

大切なものが出来ると生きる活力が湧いてくる

 

誰かを好きになると

しばしば好かれようとしたり振り向いて貰いたいと焦って暗くなってしまいがちだ。

 

本来無償であるはずの「愛する」行為がその人の「愛」を勝ち取るための手段になってしまうのである

 

たとえ最初はただ「その人が好き」だという純粋な思いでも。

 

そうなるとどんどん欲望が増大して、

「相手にも同じように好きになってほしい」

「自分はこんなに好きなのに、どうして相手は応えてくれないんだ!!」

みたいな要求をしてしまうことになる。

 

ありがちだけど、それはもはや「愛」と呼べるのだろうか。

 

「好き」という気持ちは相手を自分の思い通りにさせるためのものじゃない。

 

相手の気持ちは相手のものであって、自分の思い通りに変えることはできないし、無理矢理支配しようとして良いものではない。

 

正直、なんも思ってない人に愛されても意味がない。それどころか余計な雑音が多いとトラブルにも繋がるし大切なものも見えなくなってしまう。

 

通じることのない「自分の愛」にまたは「受け取りたくない愛」に疲れ果てたならば、

 

そんなときは1人になってみよう。

 

 

1人になって誰1人味方が居なくなって

寂しくても侘しくても

1人になって深く深く考える。

 

その先にしか掴めない、見えないものもあるのだと思う。

 

 

やっぱりわたしも、どちらか選べと言われたらみんなから愛される人生よりも

愛されなくても自分が誰かを愛せる人生の方がいいな、と思う。

 

だって誰かを大切に思うときって何物にも代え難い幸せな気持ちになれるでしょうその気持ちだけで心の底から力が漲って明日も頑張ろうって気になるから。

 

それに案外、「自分は誰にも愛されていない」なんて勘違いかもしれない。

 

言葉があるから愛があるとは限らないのと同じで

言葉がないから愛がないとは限らない。

 

目に見えないからって存在しない訳じゃない。あなたを大切に思う人は案外近くにいるかもしれないよ。

 

昔の童話の話はこちらでもやってるのでよろしくねん♪

全ての女性が望むモノはまさかの◯◯!?700年前に答えがあった

 

 

 


ふわふわ強力粉のパンケーキ🥞【レシピ付】

 

ホットケーキとパンケーキの違いって何だろう?厳密な定義はなくて、ホットケーキはお菓子専用、パンケーキはおかずとしてでも食べられる用らしい。

 

 

パンケーキは簡単で安価だからわたしも普段から色々試行錯誤して作るのだけど、

パンケーキは作り方によって2つに大別できるね!

 

①混ぜるだけ型

②スフレ型

 

 

わたしは②のスフレ型パンケーキが好きなんだけど、卵をメレンゲにしなきゃいけないし、早く焼かないとメレンゲで作ったパンケーキ液がしぼんで膨らまなくなっちゃうので色々面倒である。

かといって薄力粉でフツーに作るのも味気ないし…

 

そういうときはこれを使っている!

強力粉。

 

そう、パンなどに使う強力粉!

強力粉は薄力粉とちがって粉がサラサラしててダマになりにくく混ぜるのも楽!

 

今回はメレンゲやらなんやら使わず

材料混ぜるだけ!!の簡単お手軽パンケーキを作っていきたいと思う。

 

作り方

材料【パンケーキ二枚分】

卵            一個

強力粉      70g

砂糖         大さじ1

牛乳         50cc

バニラエッセンス     2,3滴

ベーキングパウダー    小さじ半分

 

調理

 

①卵と砂糖を混ぜる。

 

 

②牛乳を入れてしばらく混ぜ、強力粉とベーキングパウダーも混ぜる。

 

 

③バニラエッセンスを加える。

 

 

④フライパンに多めに油を加え、フライパンを中火で温める。

⑤濡れ布巾を用意し、フライパンを3秒間布巾の上に置く。

濡れ布巾に置くことでフライパンの温かさが均等になる!

 

 

⑥フライパンの真ん中に③を流し入れ、弱火で2〜3分焼く。

 

 

⑦表面に気泡が出来てきたらひっくり返して30秒〜1分焼く。

 

 

⑧お好みでバターやはちみつをかけて完成!!

砂糖も少なめで甘ったるくないし、シンプルだからこそバターとの相性も良いんだよね〜。わたしははちみつよりメープルシロップ派なんだけど、砂糖20gと水20gを鍋で煮詰めてオリジナルシロップを作ってかけてもおいしい。

 

 

パンケーキは表面に綺麗で均等な焼き目をいれるのがとても難しい。未だに苦手なんだけど、わたしから言えるコツはフライパンを熱するとき充分に温めること!!!

 

フライパンから湯気が出るくらい温めることがコツだな。

もし、フライパンが充分に温まってないと焼き目が薄ーくなったり焼き目がまだらになってしまう要因になる。

かといってあまりにフライパンを熱しすぎると焦げる原因にもなってしまう。だからこそ濡れ布巾でフライパンの熱を調整することが重要なのだ。

 

お店のパンケーキみたいに綺麗な見栄えにするには結構難しい。

やっぱり料理は頭を使うなあ。

 


もし、明日死ぬとしたら貴方は何を考え何を思うか?

 

もし、明日死ぬとしたら貴方は何を考え何を思うか?

 

 

すげー考えさせられる記事を見つけました。これは生きてる間に一読しておいた方がいいですよ。

 

ナースが聞いた「死ぬ前に語られる後悔」トップ5

「自分自身に忠実に生きれば良かった」

 

「あんなに一生懸命働かなくても良かった」

 

「もっと自分の気持ちを表す勇気を持てば良かった」

 

「友人関係を続けていれば良かった」

 

自分をもっと幸せにしてあげればよかった

参照:https://www.google.co.jp/amp/s/a.excite.co.jp/News/woman_clm/20120206/Pouch_53534.amp.html

 

 

これ、気づきました?

死ぬ間際に考えることは

あんなことしなきゃよかった」とかいう過去の失敗への後悔ではなく

 

ほとんどが自分を押し殺して生きてきたことへの後悔

 

なんですよ…

 

自分に嘘をつき続けて来た後悔。

 

変化を怖がり「選択」から背き続けた結果、悔いを残し亡くなっていく方が多いみたいです。

そして皮肉にも、生きてる内は全く気づかず、あるいは意図的に無視してきた自分の本当の意思みたいなものに

死ぬ間際になって初めて気づいてしまったのかもしれません。

 

 

「もっと自分の気持ちを表す勇気を持てば良かった」

ってのがわたしはガツンと来ました。

この記事のインタビューに答えたナースさんはオーストラリアの方だったみたいですが、日本人ならこういう後悔をする人はもっといそうですね。

 

 

こういうの見てるとさ。

 

失敗したらどうしようとか一時の恥とか、

世間の目とか見栄とかプライドとか

 

死ぬ間際になったらどうでもいいことになってるのかも…。

 

そんなものに埋もれて自分が本当に大切にしなくちゃならないものを蔑ろにしてないか?と、自問自答したくなります。

 

 

「これをするのは嫌だけど、努力してれば真面目にしてればいつか報われる」

 

「我慢してればいつかきっと幸せになれる」

 

「あんまり今の環境に満足してるわけじゃないけど、すごい不満があるわけじゃないし今更変わる勇気もないからこのままでいいか…」

 

そんなことを原動力にしてもなーんも報われないで終わっちゃうのかもしれませんね。

 

いつか幸せに」ではなく

今の自分を幸せに」することに目的をシフトしないと

 

その「いつか」は一生訪れないまま、終わってしまうのかもしれません。

 

わたしたちはもっと自分を大切にしてあげるべきではないか?

もっと自分の幸せにしてあげるために生きるべきではないのか?

 

一時の恥ずかしさを取るか一生の無念を取るか。

 

自分に残された時間をどう使うか、非常に考えさせられますね………。

 

 


うっとうしい女はもう卒業!自立のススメ

 

わたしは気が弱くてグラグラグラグラ

吹けば倒れるひ弱なもやし野郎であった。

 

ちょっと人から意見を言われると自分が全否定されてるみたいな感覚に陥って、

「もうわたしの意見なんて無いから、あなたに従うから、もういじめないで!!

というような態度を取るところがあった。書いてるだけでうっとうしい被害者意識である。

最初から戦うことを放棄している。

 

 

しかも一人暮らしして、自分を見つめ直すまで自分にその心グセがあることにすら気づかなかったのが恐ろしい

 

そして、

それももう、やめようと思う。

 

 

もはや

できあいの思想には倚りかかりたくない

もはや

できあいの宗教には倚りかかりたくない

もはや

できあいの学問には倚りかかりたくない

もはや

いかなる権威にも倚りかかりたくはない

ながく生きて

心底学んだのはそれぐらい

じぶんの耳目

じぶんの二本足のみで立っていて

なに不都合のことやある

倚りかかるとすれば

それは

椅子の背もたれだけ

茨木のり子『倚りかからず』P62-64より

 

わたしは過去振り返っても、その時々の気に入った誰かの思想や考え方を無意識に全面的に拠り所にしていた部分があるんじゃないかと思う。

 

特に友達とか距離が近くなって、それが私より優れた人間であったりするとすぐにその人の考え方に感化されちゃうところがあった。染まっちゃう。

悪く言えば依存と同じだね。

自分がないし自立心もない。

誰かに頼れば、失敗したとき誰かのせいに出来るから。自分で責任を取らずに済むから。

良さげな誰かの考え方も生き方も取り入れて、しかもそれを自分の型に落とし込むこともせず、

飽きたらまた別の、良さげな生き方をしてる人の模倣をして別の誰かで居続けようとする。

 

過去ずうっとそうだったんだと思う。

 

 

もういい加減、いい歳なんだからもうそれはやめよう。

誰を拠り所ともしていない、自分の目で見て自分の足で立って自分で判断した世界があるかどうか。

そこで勝負して行きたい。

 

友達も恋人も、家族だって私の人生の伴走者に過ぎない、彼らは私の分身ではなく結局自分というものが大前提にあった上で成り立つ関係だと言うことをわたしは忘れがちなのだろう。

 

自分の心の声に耳を傾け、ゆっくりゆっくりでいいから雑音を取り除き本当の自分の心を見極めていく。

どんなバカなことでもしょうもないことでも

丁寧に丁寧に掬い取っていく。

自分がどういう人間なのか、じっくり見極める。

 

そして時々、疲れたときは応援してくれる誰かに寄りかかって休めばいい。ただしその人には依存しない。

自分の人生を何とかするのは自分しかいないのだから。

 


カクテル作り初心者にはこの本がオススメ!カクテルバーはイイよね

眠い…目がしょぼしょぼする( ̄▽ ̄;)

というか今年、雪降りすぎでしょ。本当に寒い…。

 

 

皆さんはお酒は飲まれますか。

わたしは前はカクテルが好きでよく飲んでました。

家でもカクテルセット買ってせっせと作ってたくらい。その頃作ったカクテルもおいおいブログに載せていきたいですね。

 

 

↓この本 カクテルのレシピも豊富&カクテルの写真もとても綺麗なのでおススメです。これ見ながらカクテル作ってました。本を眺めているだけで楽しいです。

 

 

 

てことでバーで昔撮った写真があるのでご紹介〜〜!!

 

お手頃価格で学生でも入りやすい。すごくカジュアルな店だった。

そしてソーセージが特に美味しかった。

 

場所も店名も忘れたけど笑。

確かJR大阪駅の桜橋口を出て左のとこに高架下があるからその通りにあった店だと思う。

かの有名なはなだこというたこ焼き屋さんが近くにあったような。まあ大阪に来た時はぜひ探して見てくれ。

はなだこ  食べログ

 

その時飲んだのがこちら!↓

 

 

モスコミュール  Moscow mule

ライムジュースとウォッカ、ジンジャエールを混ぜたカクテル。

爽やかな味わいで滅茶滅茶好みなのですが

自分で作ったら全然違う味になりました(^_^;)やはりバーテンの腕がないとなかなか難しいのね。

 

 

テキーラサンライズ  tequila sunrise

テキーラとオレンジジュースとグレナデンシロップのカクテル。

 

スクリュードライバー(ウォッカとオレンジジュース混ぜるやつ)はウォッカが無味無臭なので普通のオレンジジュースに近い味がするけど、

これはテキーラの味が結構するからお酒だとバレる笑。

 

 

あとはカシスオレンジ(?)飲んだはずだけど写真撮ってないや。あれは店によってはカシスとオレンジジュースのグラデーションが施されていて綺麗なのよね。

 

 

ちなみにわたしが一番好きなのはジントニック!!

さっぱり系が好き!😤ジンジャエールも好きだし!甘いものよりさっぱり派!

 

 

 

学生だったから安いバーしか行けなかったけど、、

 

今度大阪に帰った時ジャズバーいこっかな。前から興味があったんだよね。

高いけど、たまにはいっか(^^;)

 


かわいい子は損じゃないのか

 

 

かわいい」って言葉がわたしは好きじゃない。

小さい頃は「かわいい」と言われるたびにムッとしたものだ。なんだか馬鹿にされているような気がして、

両親にも「あまりそういうことは言わないでくれ」と頼んだほどだ。

 

だから不思議だった。

どうして皆んな「かわいい」と言われたいがために、相手に媚を売ったり着飾ったりするのだろう。

それは賞賛の言葉だと思ってる?本当に?

 

ま、心配しなくても年齢を重ねる内に、嫌でも言われることもなくなるだろうけれど笑。

 

 

高校時代、私の一番仲の良かった友達にアイドル並みにかわいい女の子がいた。 彼女は見た目のかわいさに加え性格がよくてサバサバ&優しい女の子だった。

高校を卒業してからも彼女と付き合いを続けていたのだけれど、彼女が短大に入った頃から異性関係が激しくなり
ある時点から彼女の口から出てくる話題は恋愛の話ばかりになって行った。

おまけにマトモな恋愛ではなく、相手が30代のDQNとか彼女持ちの大学生とかどうしようもない男ばっかりだった。

あとは他の女性と婚約してた男性から言い寄られそのまま付き合うなど、呆れ果てるようなこともしていた。

 

しかも毎回相手から酷いことをされていたようで、いつも相手の愚痴ばかり言っていた。

わたしが早くそんな人と別れたら?と言っても

「でも、離れられないから。」

「彼にはいいとこもあるから。」

の一点張りだった。

 

彼女はかわいいけれど、おバカな女の子だったのだ。

 

 

AV男優のしみけんが

かわいい子は損なんじゃないか。知恵がつく前にちやほやされて変な虫がつくから悪い方向へ人生を持っていかれやすい」

とかどっかで言ってたけど、実は私も全く同じこと思ってたんだよね。

かわいいだけで幸せな人生を送った女の子をわたしは見たことがない。

 

もちろん「かわいさ」に甘えず自分の人生を生きる女性が沢山いることは知っている。

 

そうではなく、己の「かわいさ」だけを武器にして生きてきた女性は、必ずどこかで破綻する。

かわいい」は永遠でもないし、不変の価値基準でもないからだ。

 

綺麗」だとか「美しい」とはまた違う。

かわいい」は本当の意味での「美」に対する賞賛でない。

 

何故なら美は永遠だからである。

 

 

 

思うに「かわいい」って言葉が好きではないのは、軽薄で若干相手を下に評価してる節があるのではないかと思う。本人はそのつもりがなくともね。

 

見下すとまではいかないけど、

自分より明らかに弱い子犬を見て言うような、未熟さに対する形容とか。

かわいい」という言葉を発する自分に酔いしれるためのものか。

あるいは挨拶がわりの、ちょっとしたリップサービスなのか。

 

何れにせよ言葉として軽い。

相手に対し対等でいて敬意を払っている場合で

かわいい」を使う場面を、わたしは今までの人生で見たことがない。

だから、あんまり好きな言葉じゃない。

 

 

そして「かわいい」のひとことに

ここまでコマコマ考えコマコマ語る自分は

間違いなくかわいくない奴だなあと思う( ̄▽ ̄;)

 


片思いの相手を聖なる存在として諦める

元・集英社『プレイボーイ』などの編集者を務められていた

島地勝彦先生の人生相談コーナーが面白い。

お酒が好きで人生経験豊富な彼の話はタメになることも多く、好きでよく読んでいる。

その中で印象的な相談内容がある。

 

「片思いの女性を女神だと思って諦めなさい」

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/071000004/111200019/?ST=smart

相談者は男子大学生。

 

片思いの女性のことが好きでたまらない。

 

思いつめすぎて勢いあまって告白したが玉砕。ショックで寝込んで2年もの月日失恋のショックを引きずっていた。

 

彼女に愛されることだけが望みなのに、自分はこれからどうやって生きて行けばいいのだろうか。

という内容。

 

相手のことをロクに知りもしないのに恋い焦がれて勝手に失恋して寝込んで大学行けなくなって

バカなのか!?と思われるかもしれないが

全く同じことをしていたわたしは彼のことを馬鹿にできないのである( ̄▽ ̄;)

 

わたしもまたこの相談者と同じ歳の頃、夢中になっていた異性がいたのである。

もう気が狂いそうなくらいにね!( ^∀^)にゃはは

THE 青春☆

 

 

あの、根拠もないのに「死ぬほど好きなんだ」「このまま一生好きなんだ」という胸のうちから湧いてくる情熱は一体何なんだろうね。

いや根本的にバカなんだと思うわ。バカで純粋。そして世間知らず。思い込みが激しすぎる。

そして激しくブーメラン( ̄▽ ̄;)

 

 

結局どう頑張っても

どう試行錯誤しても

わたしもその人とは仲良くなれなかった。

いや、そもそも

「嫌われたらどうしよう」

「頭悪いと思われたらどうしよう」

「そもそも最初から心の中でうっとうしいと思われてるかも」

とわたしの方がびびってあまり接触しなかったのが悪かったんだよ😅考えりゃすぐにわかる。

 

その頃はいっぱい話をして関係を深めるよりも、嫌われないことばかり意識してヘマしないよう、失敗しないようビクビク過ごしてたら

いつのまにかわたしは相手にとってどうでもいい存在になってしまっていたようである。

 

 

今やり直せるならあの頃より上手くやれそうな気もするけれど…

でも、よく考えたら皮肉屋で世を斜めに構えてるモラハラ男一歩手前の人だったし( ̄▽ ̄;)

ものすっっっごい気難しい人だったし、短気で神経質で傷ついた子猫のような人だった。

わたしの手には負えない人だったと思う。

今となっては神様に「そいつはやめとけ」と道を阻まれていたように思う。

 

あれだけ素敵な人はいないのだと思い込んでいたのに、今はここまで冷静に相手のことを見ることができる。

人の気持ちとはあっけなく移ろいやすいものである。それでも四年余りの月日を同じ気持ちを抱いて過ごしていたのだけれど。

 

 

「縁」って何なんだろうな。

「この人だ!」と思い込んでも運命の流れに阻まれて近づけなくて

それでも

まるで大きな川の流れをスコップで流れをせっせと変えようとするかのごとく反発するけれど

結局縁がなけりゃそのまんま流される。

 

でもこんなに沢山の人間がいる中で

出会えただけで「縁」があったという事なんだろな。

 

まぁ今後はあそこまで気がおかしくなるような、狂ってしまうような激しい気持ちを抱くことは金輪際もう無いと思うが

あの経験がきっかけで恋愛や人間心理、行動哲学など深く勉強することが出来た。

あんなにマイペースだった自分が多少なりとも相手の気持ちを考えることも学べた(-∀- )

 

思うに好ましいとかコイツは嫌いだとか心を動かされる相手ってのは、なんらかの意味があると思うのよね🤔

どうでも良かったら何も思わないもん。

 

 

この人生相談を渦中の中初めて見たとき

「『人生に不可能なことはたくさんある』って…

なんでこんなに好きなのに諦めないといけないんだ!!」

と反感を持ったものだが、

今はどこか懐かしく微笑ましい気持ちを抱くようになったのも、わたしがあの頃より大人になった証拠であろう。

わたしもまた相談者と同じように相手を聖なる存在として、やっと思い出に昇華出来たようである。