幸せの道を選択することは不幸な道を選択するより勇気がいる

去年の10月ごろ、親と一悶着あった。

あの時はもう色々あって大爆発し

電話口で

死んだ方がマシだとか

生きてる方が地獄だとか

住んでるアパートから飛び降りて自殺するとか喚いていた。

半ば本気だった。

もし実行してたら

このブログも開設できていなかったかもね。

でもこの親から言われたこの言葉がわたしを冷静にさせた。

ただ、まひるちゃんが幸せであることが幸せなんだから!!

幸せ…?

幸せって何…?

わたしにとっての幸せって何だろう?

ハッと気づいてしまった。

自分の幸せを今まで考えてきたことがないことに。

幸せになることではなく傷つかないために生きてきたことに。

わたし今まで物事を選択する基準が

「こうしたいから」というよりも「こうすれば安パイだろう」という気持ちしかなかったのではないか。

こうすれば、周りからみてカッコ悪いように見えないだろうとか恥ずかしくないかなとかそんな基準でしか判断出来ない。

自分の考えを持たず何となしに周りに流されて生きてきたのではないか。

幸せになるためではなく

その時の周りの批判されないため、バカにされないため、その時楽になるための道ばかり選んできたんじゃないか。

決して非難されない安心安全の道ばかり選んできたんじゃないか。

決して負けない、いや、負けることのできない場所に居座り続けた。

安心安全でも大きな幸せも大きな不幸もない。

本当の自分の気持ちを裏切り続け

楽に流され行き着いた先には「自分という存在の死」しか待っていなかった。

こんなつまらない人生なんてさっさと終わればいいのにといつも願っていた。

そうして自分の幸せなんか後回しにして

自分なんて幸せになる価値がないからと

自分を蔑ろにする友人や全く振り向こうとしない男性を追いかけ続けていたのではないか。

自分が傷ついても、その傷を見ないようにして「我慢すればいつか報われる」なんてことを無意識に思っちゃっていたのではないか。

そうか。自分を大切にするって

自分にとって幸せになるであろう道を選択し続けることだったのか。

自分が幸せであることを許可し続けることだったのか。

幸せってやつは

選択して掴みに行くにも勇気がいる。

それは不幸な道を選択するよりも勇気のいること。

死ぬことに逃げず

不幸に甘んじず

幸せになることを恐れず

自分の選択をして生きて生きたいと思う。