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周りの目を見て決めると後で後悔するのは自分

進路決め、大学選び、就職先選び…

わたしがこれまで進路を決めて来た基準。それは

「インテリだと思われたい!」

ただそれだけの目的しかなかった。

その大学でこれこれを学びこういうことしたいという展望もなく

いい大学に入って良い条件の会社入ればわたしの世間からの評価は良くなる!とそれしか考えてなかった。

周りからみてわたしがカッコよくみえさえすれば、その後の人生なんてどうでもいいとさえ思ってた。←これも自分のことを大切にできてなかった証拠

これで勉強してもてんでダメなら諦めて適性のある道に進めたかもしれないけど

無理に勉強なんてしちゃったことが

全ての間違いの始まりだったのかも…

いい大学入っていい就職先を見つけるという目標も入った先にその大学で何を勉強したいかという目的があれば良いんだよ。こういうことがしたいという信念があればね。

わたしの場合、人から見た自分はどうか?とかカッコよく見られたいからしか理由がなかったのが非常にまずい。

いくら勉強をしたってわたしは誰よりもバカだったと思う。

夢も目標も全て他人軸だった。

そもそもさあ、勉強とか頭の回転を基準にすればわたしは相当アホな部類に入ると思うよ。自分でも引く時あるもん。

それを無理矢理勉強しちゃったからおかしなことになってしまったんだ。

もともとてんで理論で思考するのは苦手で感覚で物事を判断するタイプで、理屈とかどーでもいいという思考回路の人だったんだけど、

そんな短所はいずれ訓練することによって治るだろうと思ってた。

今ならわかる。

それは短所じゃない。

一生治らないし治すべきではない活かすべきわたしだけの長所だったんだと気づいた。

現に両親に芸術肌なのにその進路で大丈夫なのと散々心配されてたし親って案外、子供のこと見てるもんだね。

自分の適性を見誤って進路を決めたのが悪い。

その浅はかさのしわ寄せが今来ちゃってるんだな…

orz

あの時、大学中退して、別の道を探すのが正解だったんだと思う。それがどれだけ世間的には「負け組」とされる選択だったとしても、あのときは選択すべきだったと確信している。

でも大学は卒業しちゃったし今更過去に戻って中退して学校選びなおすなんて出来ない。

もう、カッコよく見られたいと思うのやめよう。

カッコよく見られたってお前は一ミリも幸せにはなれない。

人は真の意思に従った道を歩まなければ幸せじゃない。

世間様から見てどれだけ充実して幸福そうに見えても自分が幸せでなければ不幸だし

世間様から見てどれだけ憐れみを浮かべる程不幸そうに見えても自分が幸せならそれが幸せってこと。

ま、言ってもお前のことなんて誰も見てねーよという言葉を自分に送っておきたい。

それにしても大学にいた時の謎の空虚感はこのせいだったんだな…。卒業してから気づいちゃった。

いや、原因はわかってたけど見ないようにしてたのかな。

ここ最近、自分のことが鮮明に理解できるようになった。

自分に素直に生きてるおかげで本当に自分に合う友達もできるようになってきた。

きっと今からでも遅くはない。

ちょっとずつ、ちょっとずつマイペースに自分の居場所を見つけていこう。

そして真の意思に沿った道を探しに行こう。







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