妥協した選択をする人間には妥協した結果しか得られない

むかし、グループであるテーマについて発表をすることになったときのこと。

グループ内のメンバーと話し合いながら着々と発表の準備を進めていた。

発表当日、わたしたちは練習通りに発表を行った。

しかし先生はわたしたちの発表が気に入らなかったらしく、キッと睨まれながら厳しいツッコミをされてしまった。

それを受けてわたしはビビリまくり

「嫌われちゃったらどうしよう、成績下げられちゃうかも。あとでご機嫌を取らないと。」

とビクビクしていた。

でも同じグループの1人の男性は違った。

平然と、先生の自分たちへの反応や評価なんてなーんにも気にしてない素ぶりで「頑張ったなあ!!お疲れ様ー!!」と爽やかに労をねぎらっていた。

先生から疎まれてたのに全然気にしてなかった。気づいてもなかったのかもしれない。どうでも良かったのかもしれない。

そこでハッと気がついたよ。

わたしは自分のことばっかり考えてなんてなんて小さな人間なのだろう。そしてこの人はなんて大きな人間なのだろう。

セコセコと先生のご機嫌を取らないとと焦ってビクビクしていた自分とは大違いだ…。

彼の生き方をものすごくカッコいいな、こうなりたいな、と思ったことが今でも心に焼きついている。

わたし、この生き方を目指すべきなんだろうな。

この生き方を選択する勇気がないまま、

「人から見ていかに批判されない生き方を選択するか」のみに拘泥し

戦うことをやめ責任を負うことから逃げ流され続けた結果、今のこの惨状があるのよ。

同級生はみんな自分の仕事や生き方に誇りを持って人生を歩んでいるのにわたしだけ高校生みたいな悩みを持っている。

今年でわたし三十路突入ですよ。

そろそろ本気にならないとヤバい。

おそらくね…今こういう不本意な状況になってるのもわたしの能力不足というよりは戦わねばならない時に逃げ続けた結果なのだと思うよ。

それはわたしの甘さであるし思慮浅かった自分の責任だ。

多分これからも「そんなに頑張ったってしょうがないよ。」みたいな誘惑にかられることもあると思う。

「多少納得行かなくてもある程度体裁さえ取り繕える人生を送ればいいじゃない」

そうやって考えて選択して、一体わたしは何度後悔したことだろう。

そういう甘さをぐっとこらえ、戦うことをやめず傷つくことを恐れないで突き進む。それしかわたしの納得する生き方は出来ないのだと思う。

ついに覚悟を決める時がやってきた。

これがラストチャンスだろう。

もう過ぎてしまった時間を後悔してる暇もない。周りの雑音も全て遮ってやらねばならない。

そう、あの時の彼のように。