絶望は人を目覚めさせる〜死中求活のススメ〜

この一年、本当に酷い目に遭いました。

何故か田舎に住むことになり閉鎖的だしよそよそしいし感じが悪いしいじめに遭うし味方もいないし最低最悪な経験をしました。

ここにいても全く明るい将来の展望が描けませんでした。

当然です。

だって別に進みたい道に進んだ訳じゃないもの。やりたくもないことをやるという選択を下し何とかなるだろうと運に人生を放り投げていました。

正直、自分の将来についてナメてました。

わたしは「とりあえず就職しよう」とそこそこの「適当な職業」を選んでそこそこの「福利厚生」、親が反対しなさそうな仕事を条件に道を選んだから。

ほんとはやりたいことも他にあったのに妥協して怠惰な心がこの劣悪な環境を連れて来ました。あの時の自分をわたしはまだ許せていません。

何度も何度も自分の選択を後悔し恨み呪い、こんな下らない自分は死に値する地球上最底辺の人間だと思い始めたんです。

だから色々調べてどうやって死のうか考えてたんですよ。

ロープ買わなきゃな、練炭とか手軽に手に入るし。アパートの三階からなら致死率が微妙だな。

でも苦しんで死ぬのは嫌だな。

痛いのは嫌だな。悲しんで死ぬのやだな。

なによりこんな田舎で死ぬのは嫌だ。

そんなことを考える時点で別にわたしは「死にたくは無い」んじゃないのか。

もっと行きたい方向にゴールを設定して親の顔色を伺わないで人生を舵取りする努力をしたい、

最期くらい自分のやりたいようにやりたい。

死ぬのはそれからでも遅くないのではないのかという考えにたどり着きました。

人は最低最悪の環境に身を置かれると今まで見えてなかった物が見えるんですよね。

これは不思議なんだけど、普段より視点が人より上になるのです。

「悟り」みたいなものなのかもしれません。ぼんやりとでも「死」を意識したからかもしれません。

満たされてるときは「ま、この程度でいいや」と現実に妥協しちゃうんですよ。変わらなくたってそこそこ満足なんだもん。わざわざ大変な思いしなくていいでしょ?

そういう奴だったから天罰が下ったのだと思います。嫌なことから逃げ続けていたら取り返しのつかない嫌なことが待っているんだと今回のことで身に染みました。

自分の幸せは誰かにお膳立てを期待しても手に入れられるものではなく、自分の手で掴み取るしかありません。

この一年はとてつもなく痛い経験でしたが、わたしが新しい人生を歩む覚悟を決めるきっかけとしてパスしなければならない必要不可欠な経験だったのでしょう。

未だ衝動的に自分に対しての殺意が湧きわたしという人間を呪い続けていますが、今度からは自分を好きになれるような努力と選択をし続けようと固く決意しました。

いつか不甲斐ない自分も許せるような自分になるために。